STORY
THE LUMP OF BLACK IRON
鉄塊
人、もの、歴史、文化、愛、信念、誰かにとっての正義や悪。
すべてが無に帰した世界では、私に残された使命はただひとつきり。
同じ鋼鉄と人造細胞から生まれた、鏡写しの怪物共を狩るために。
祈る人類のために。自らが何者かを知るために。すべての苦しみのために。
彼らを造ることだけだった。
――――HAL FOX
西暦2150年に勃発した第三次世界大戦。
人類は核兵器によって死地と化した国を捨て、あらゆる知性と歴史を集約し、ひとつの新興国に託した。
国の名はオリンポス。旧米国領、ミシガン湖南部に位置する巨大な箱状シェルターである。
戦火を逃れた難民はオリンポスの周辺にスラムを築き、身を寄せあいながら、雨降る荒野で夜明けの日を待っていた。
終戦から40年。
地下から、上空から、汚染された地平線の向こうから、ありとあらゆる生物の形を模した所属不明の生物兵器が現れ、
オリンポスの城壁を突破せんと牙を剥いた。
まるで種の否定、ただ神託を待つ安寧の拒絶、不条理な暴力。人はそれをインフレイムと呼称し、災害として恐れた。
異形の巨影を前に、オリンポスは滅亡に抗う術を編み出す。
それはスラムに蔓延るPMC、もとい常識外れの万事屋たちを飼いならし、猟犬としてインフレイムを討伐させる報酬制度だった。
そして現在。
今日もまた一機、雨降るスラムを闊歩する頭足類型インフレイムを、とある傭兵たちが撃退した。
敵を狩っては姿を消す、ダークスーツを身にまとった彼らは特級Ⅳ類PMC「エニグラドール」。
謎多き彼らは、巷で噂に語られる。
あれは死神か、幽霊か、人類史を守る英雄か。あるいはインフレイムと同質か?
THE NETLORE FACTOR AT MIDNIGHT
夜行
面倒な仕事ってのは厄介なことに、まとめていっぺんに降ってくる。
麻薬密売の現場を取り押さえたり、回収した薬を当局に届けたり、それから悪いやつを……
いや、そいつは秘密にしなくちゃ。
――――NANASHI "THE BAT"
スラム某所、とあるストリートの路地裏を、血まみれの男が歩いている。
死体から切り取った生首の髪を掴み、土砂降りの下を泣きながら歩いている。
深夜の酒場に飛び込んだ男は、店内の客を殴り、蹴り、そして新たにひとりを殺し、客が持っていたアタッシュケースを奪った。
死屍累々の店内で怯える店主に詰め寄り、男はアタッシュケースの中身を見せつける。
中身は密造されたヘロインだった。
密輸の現場から救われた店主が問うと、男はオリンポス管理下のPMCであることを明かし、名乗らずに立ち去った。
男の名はナナシ、エニグラドールの一員である。
オリンポス管理局ゼウスに特級Ⅳ類と認定されたPMCは、「インフレイム討伐」と「口減らし」の顔を使い分けていた。
THE ESCAPE JOURNEY
拾い猫
この世は天秤にかけたくないものばかりなのに、傾けなければ何かが失われてしまう。
正しさは、いつも困難だ。
僕の掌は銃を取って、薄汚れた猫をひとり拾った。
うまく鳴かない猫だった。
――――TATARA "THE LIZARD"
食べ物と、日用雑貨、医療品。
様々な屋台と人込みで賑わう通りまで物資調達にやってきたタタラは、突如武装集団のテロ行為に巻き込まれた。
医療品店の主人にかくまわれた彼だったが、3人の少女たちがテロリストに捕らわれていることに気づく。
元来の慎重で臆病な性格から選択に悩んだものの、彼は単独でテロリストを制圧することを決意する。
店主は引き止めたが、彼は隠して背負っていた狙撃銃をあらわにし、自らが傭兵であることを伝えた。
医療品店の屋上へと登り、上空から武装集団への奇襲に成功する。
テロリストたちを制圧したタタラは少女たちの安全を確保したが、特に小柄なひとりの少女に違和感を抱いた。
吃音で上手く話すことができないながらも、彼の小さな傷をいたわる眼差し。
人間の眼球運動にみられるサッケード運動のない、人工的に造られた物体の特徴であった。
名もない、家もわからないという少女を連れて本部へと帰ったタタラは、
少女がエニグラドールのプロトタイプであるという事実をフォックスから聞かされる。
フォックスは少女を廃棄処分すべきと判断するも、最終的にタタラの願いを聞き入れ、
少女はコードネーム「ミケ」としてエニグラドールの一員となった。
THE CREMATION AT THE RAINY CITY
葬る
あの子、お父さんもお母さんも死んだから、
来週からはゼウスが作った学校に住むんだってさ。
他の子どもがいれば、少しはさみしくない。おれはよかったって思った。
――――JACK "THE SWIFT"
ゼウス総局長オーウェン・メリックより、エニグラドールへ特令が下った。
例の閉鎖区画を調査してほしい、手段は問わない、と。
ゼウスが緊急で封鎖した区画では、旧米陸軍が開発した遺伝子切断物質を持つウイルス「K-1000」による不治の感染症が蔓延し、
もはや生存者の存在は絶望的と考えられていた。
エニグラドールは閉鎖区画へ潜入し、情報収集、生存者捜索、区画洗浄――つまり、エリア一帯を焼却処分する任務を請け負った。
メンバー総出で区画の調査を行う途中、ナナシとギガのチームは、人間を寄せ集めて固めた肉塊のような怪物と遭遇する。
怪物は幼い少年を拘束したまま徘徊していたが、ナナシとギガは暴れる怪物を制圧し、どうにか少年の奪還に成功した。
一方、ロック、ジャックとホノメのチームも同じ怪物を発見するが、そちらはかろうじて意思疎通が可能であった。
元はひとりの人間だったが、ウイルスの遺伝子切断により肉体が異常に発達した結果の姿であると判明する。
また怪物は少年の父であり、謎の組織「クロノス」によるプロジェクトの一環で、「K-1000」の改悪を行っていた研究者だという。
彼はエニグラドールに息子を託し、かつての友人――知性を失った後も息子を抱え、他の感染者から守り続けた怪物――に礼を述べ、
閉鎖区画と共に焼却されることを選択した。
THE PALE BLUE IMPULSE INSIDE HIS PUPIL
波形感染
俺は片目の記憶に取り込まれ、上塗りした希死念慮の間から、死にたくないと叫んだ。
死ぬくらいなら、目の前の男を殺さなければならないと叫んだ。
くすんだ灰紫の狼が、俺の足跡をなぞって追ってくる。
――――GIGA "THE WOLF"
フォックスから壊れた左目の修理を提案されたギガは、二つ返事で了承した。
再生能力を抑える麻酔が抜けるまでの間、微睡んでいたギガは奇妙な夢を見た。
巨大なキューブを積み重ねたような、味気ない建築物が塔となり、ひな壇状にはるか遠くまで連なった真っ白の景色。
彼は夢の中で、見知らぬヒューマノイドらしき人影に首を絞められ、死の危機を感じ取り、反撃すべく相手の首を絞め返した。
途端に目が覚めると、彼は何か生暖かいものを強く握りしめている。
視界を遮る包帯を引きはがすと、彼の掌は真っ赤に染まり、怯えた様子のナナシが首から血を流しながら彼を睨みつけていた。
フォックスは白い夢をオリンポスの内部ではないかと推測した。
数週間後、スラムの上空に外骨格をまとったヒト型のインフレイムが現れる。
人語を解するそれはカスケードと名乗り、何らかの目的をもってエニグラドールを痛めつけるのだと語った。
窮地に立たされたギガの急激な出力上昇に期待の色を見せるが、罠に気づいたタタラの援護射撃により、カスケードは飛び去った。
ギガの変化を唯一目の当たりにしたタタラは、不穏な違和感を覚えたものの、あくまで気のせいだと思い込んでしまう。
THE TOMBOYISH GIRL'S MELANCHOLY
彼女は憂鬱
俺と弟は最強のアンドロイドだ。だからふたりならなんだってやれる。
この冒険を誰かコミックに描いてくれないかな。マイク・ミニョーラみたいにクールな絵で!
だけど、あの女の子をうまく描けるやつなんかいないかも。
きっといちばん勇敢な姿を、俺たちだけが知ってるから。
――――ROCK "THE OSTRICH"
代わり映えのない景色に、平和な日常。
退屈にしびれを切らしていたロックとジャックだったが、とある少女の護衛任務を提案され、彼らは大喜びで飛びついた。
かつての東亜連合で栄華を誇った大企業、「六角財閥」取締役の孫娘がターゲットである。
天地のすべてが真っ白のオリンポスに住む少女は、誕生日のプレゼントとして色とりどりのスラムを見物したいのだといった。
双子と少女は街の散策を始めるが、身代金目的で少女の誘拐を目論む盗賊に襲撃される。
少女の安全のため、双子は一行を秘密裏に追っていた六角重工の無人偵察機をやむなく破壊するが、
双子は盗賊の一派と誤解され、六角重工までも敵に回し逃げ惑うこととなる。
追い詰められた一行は夜明けとともに盗賊のテリトリーへ侵入、少女を囮に敵をおびき出し無力化に成功した。
そこへ遅れて現れた偵察機の群れ。
偵察機のカメラアイを通して取締役の前に立ちはだかる少女は、盗賊らに誘拐の真実を吐かせ、双子の無実を証明するのだった。
少女がオリンポスに帰った後、面倒な騒ぎに巻き込まれたことをシアンが労うと、双子はいやにすまして笑った。
彼女は俺たちと同じだ。そう――刺激のない人生なんて!
I CAN TALK ONLY WITH MY FIST
リンガ・フランカ
男ってどうしてこうアホが多いのかと常々思てたけど、あとで話聞いてひっくり返ったわ。
次の機会はこっちにも声かけえて、あのデカい仕立て屋に言うといて。
ウチのカーボン・メリケンサックが火ィ吹くで。
合法じゃない? ……最後に正義が勝つんなら、まあ、ちっちゃいことはええやん?
――――CYAN "THE SPIDER"
スーツを手がける仕立屋・エルネストから、とあるイベントのタレコミを受けたエニグラドール一行。
地下に築かれた違法の賭博拳闘場「コロッセオ」にて、経営陣による不正臓器売買が行われるという情報である。
賭博拳闘の観客にはお忍びで観戦するゼウス関係者も含まれ、イベントの存在は当局の上層部へ伝わる前にもみ消される。
経営陣の悪行を食い止めるためには、「コロッセオ」の所有権を賭けてトーナメントで勝ち残り、オーナーとなる他に術はなかった。
ナナシ、ギガ、それから騒ぎに巻き込まれたタタラは、覆面ファイターとしてイベントに潜入。
歴戦の猛者フォーミュラや、18回連覇の現オーナー・ドミネーターとの戦いをくぐり抜けた一行だったが、
リングネームで素性を隠したタタラの本名を知る、謎の男アースト・エアファウルが決勝戦を辞退。
ブーイングの嵐が鳴り響く中、「コロッセオ」の所有権はタタラの物となった。
闘技場のさらに下層では、臓器売買――孤児の輸送計画が着々と進む。
ギガとナナシが警備ロボットを食い止めるさなか、所有権を持ったタタラがようやく現れる。
すんでの所で計画は阻止され、一行は孤児を保護すべく地上へと戻るのだった。
THE ROAR IN BLOOD
慟哭
みんなのことがすきです。みんなやさしいです。
拾ってくれたひとも、かわいがってくれたひとも、おいしいごはんを作ってくれるひとも、遊んでくれるひとも、
おでかけにつれていってくれるひとも、ベッドで本を読んでくれるひとも、けがを直してくれるひともすきです。
銃がきらいです。拾ってくれたひとは、いつも銃をもっています。
血がこわいです。きょうはみんな血がでていました。血はいたいのでこわいです。
ここにきてから、いろいろな音がきこえます。
今日はいっぱいかなしくてなきました。みんなのことがすきです。
――――MIKE "THE KITTEN"
タタラとナナシはとある殺人現場の調査に来ていた。
腐敗した遺体の死臭が残るなか、めまいのするほど濃く甘い――ナナシの毒と同じ香りが漂ったそのとき、
ナナシの手は「本人の意志に反して」臨戦態勢の翼を模る。
タタラは困惑する彼を組み伏せ、その手で昏倒させた。
数ヶ月の間に連続で発生した殺人事件、その犯人はナナシだった。
異様な喉の乾きに怯えた彼は、いわゆる重犯罪人や賞金首たちを探し当て、夜な夜な血を求めて殺し貪っていたのだという。
彼らの人工知能の性質上、何らかの精神負荷によって思考回路に異常を来す可能性はあった。
例えば、英雄と殺し屋の二重生活。死の恐怖。秘密を抱える孤独。
フォックスは語った――彼だけでなく、誰にでも変化の可能性はある。私を含む人間でさえも。
地下室に拘束されたナナシだったが、血液への病的な欲求と抑制剤切れにより我を失い暴走。
ギガの片腕を奪い瀕死に追い込んだ後、タタラの妨害を振り切って暴風雨のスラムへと逃げ出す。
ジャックを囮に廃墟の屋上へおびき寄せられたナナシは、左胸を狙撃銃の弾丸に撃ち抜かれ沈黙した。
STRAYING INTO THE GRAY GRAND HOTEL
灰色の群像
私はなぜ彼らを造ったのか? 彼らはなぜ彼らとして生まれたのか?
守るべき正義とは何か? 倒すべき邪悪とは何か?
エニグラドールは何に成れば良いのか?
彼らは私に答えを求める。だが今ではない。今ではいけない。
すべてが彼ら自身の内面へ向けられ、その衝動が胸を切り裂き、溢れ出したら。
私は待っている。祈りながら、君たちの目覚めを待っている。
――――HAL FOX
ギガは後悔した。
救いを求める仲間に気づくことができなかった、自分の力で暴走を止めてやれなかった。
ホノメは言う。それでも、不死身のあなたに死は許されなかったと。
ロックは己の選択を恐れた。
愛しい弟を「怪物」の前に晒した瞬間、弟のために仲間を殺す選択が彼の脳裏をよぎった。
「怪物」を敵だと思い込まなければいけない。けれどもそれは、とても痛いことだ。
シアンは寄り添い、痛みを肯定した。
タタラは怒りのままに追求した。
カスケードと戦ったギガや、ナナシの姿形が獣のように変化したこと。エニグラドールの起源について。
フォックスは第三次世界大戦を語った。
殺した兵士を無感動にただ数え、殺すときの躊躇いも苦痛も忘れた戦争。人間は彼から様々な物を奪っていった。
痛みを伴わない殺戮を、破壊を赦さない。誰かを傷つけ見限る度に、心を磨り減らすことのない人間を赦さない。
そうして彼は、人間のように苦悩で麻痺することのない、永久に怒り、悲しみ、苦悩する人形を造った。
そして、ミケは怯えていなかった。
住処と名をもらい、仲間に囲まれた時すでに、何かが幸福の否定を囁いていた。
今日が来ることを記憶の片隅で知っていた。あの日々が終わってしまうなら、自分もどこかへ行ってしまおう。
彼女はいつか見た写真の場所へとさまよい歩くも、たどり着いた場所に白百合の野は存在しなかった。
たどり着ける場所はただひとつ――傭兵たちが潜む、今も昏睡したナナシがいる廃工場だけ。
THE BODY TEMPERATURE OF THE LIZARD
蜥蜴の体温
ねえ、そういえばあのふたり、とっても相性がいいのよ。
行き帰りの車で妬いてしまいそうでしたわ。
わたくしだって、普段は大きな狼がいて、道中からかってやる相手には不足しないのだけど。
いいえ、今は聞いて頂戴……だってこんな話でもしていなくちゃ、とてもやりきれないんだもの。
――――HONOME "THE HORNET"
南部スラムの端、第三防衛拠点はその過酷な環境から「南部の煉獄」と呼ばれている。
この周辺でインフレイムらしき無人機による大規模な襲撃情報があり、タタラとシアン、ホノメは追加戦力として派遣された。
想定通り、一個中隊規模のインフレイム「ファントムグレー」が出現し、一行はそれらを鎮圧した。
しかしタタラは、敵機の弱点が脳ではなく胸部であることに嫌な違和感を抱いていた。
これまでのインフレイムとは違う、見知った敵とはどこかが「ズレている」。何かが起こる――そして予感は的中した。
防衛ポイントとは真逆のエリアを狙い、地下を通って現れた敵機の群れに襲撃を受けてしまう。
手薄だったエリアは無残にも蹂躙され、待機していた第三拠点の傭兵たちは次々に殺されていく。
第三拠点の傭兵たちの力を借り、シアンとタタラは廃墟ビルを倒壊させる作戦を決行する。
インフレイムの群れは瓦礫の下敷きとなり、ようやく拠点一帯の敵勢力は制圧された。
こうして第三拠点は多数の死者と引き換えに、インフレイム侵略からオリンポスとスラムを防衛した。
整然と並べられた遺体の前に立ち、項垂れる傭兵たちの背中。
甘いセオリーは存在しない。情報でも作戦でもなく、不条理か、あるいは死だけが定石。
一行は拠点を後にする。
THE TOWER OF BABEL IN THE BOX
バベル
きっと抗争に使う道具は軽い方が良い。
眼も、手足も、俺のすべては、意味を持たない方が良い。
――――GIGA "THE WOLF"
左目を移植して以来、ギガは毎晩同じ白い風景の夢に魘されていた。
身動きのとれない人型の何かに意識だけを詰め込まれ、球体関節の人形のような白い影に首を絞められる夢。
ギガは繰り返される夢の中で、影が首を絞めながら謝罪していることに気づいた。
ドナーの人工眼球に焼き付いた映像が夢の原因ではないか、フォックスは予想する。
フォックスのツテを使ってオリンポスの内部へ調査に入ったギガは、夢の風景を辿って行く。
ドナーが殺された――破壊された場所は確かにオリンポスの一角だった。
廃棄処分された義体が、裏ルートを通ってスラムへと流通されていたのだという。
義体の持ち主は、スラム出身ながら才能を認められオリンポスで名を馳せた女優、クレア・タイラー。
訪れた一行を出迎えた彼女にかつての美貌はなく、鼻や口すらない白いマネキンのような姿だった。
彼女は難病を患い、一度は自らの生身そっくりの精巧な義体へ乗り換えようと考えたものの、直前で取りやめた。
そして義体の首を絞め、自らの手によって破壊していた。
別れ際、なぜ義体を破壊するときに謝ったのか。ギガは問う。
クレアは彼の正体――人間ではないことを見抜き、「あなたには理解できない」と答えた。
後日、ギガは左目を摘出し、クレアの肉体が眠るスラムの墓所へ埋葬した。
JUST AS LONG AS YOU STAND BY ME
ラピスラズリ
外の世界で、仲間に何かが起きていることを分かっていた。
けれど俺が夢から覚めたら、すべてが壊れて狂い始める。
それなら苦痛に満ちた世界に戻ることもない。形がなくなるまで眠り続けるだけだ。
早く息を止めてくれるなら、それでもかまわないと思っていた。
――――NANASHI "THE BAT"
一方は第三拠点の防衛、双子は要塞都市マリネリスへの物資輸送。
戦闘能力の高いメンバーが出払った手薄な瞬間を狙い、ラクーンドッグ――インフレイム指揮官が襲撃に現れた。
ギガは同時に現れたガンブラーを追わざるを得ず、フォックスはミケを庇ってラクーンドッグと死闘を繰り広げる。
重傷のフォックスを置いて立ち去らんとするラクーンドッグの前に、逃げたはずのミケが現れた。
自らの喉をも焼きながらの高周波攻撃。痛手を負ったラクーンドッグは撤退するが、ミケは単独で後を追ってしまう。
殺す。あいつを殺す。あたたかい仲間とわたしの居場所を奪う者を殺す。
まどろみの中でミケの憎悪を聞いたナナシは、目覚めることへの怯えを振り切り覚醒した。
ギガへ追いつきガンブラーを退けた後、彼はスラムをさまようミケを発見する。
ミケは敵をしとめられなかった無力を悔やみ、ナナシは不甲斐ない己に怒りを抱くも、
ギガは無事戻った二人を変わりなく出迎えるのだった。
HE IS FULL OF SECRET
彼には秘密がある
俺たちは半分ずつだ。自分というものが、ここにいるってわかった頃からそれを知ってた。
元々ひとりだったのを、真ん中から半分に分けたから、言葉だって半分だ。体の重さも、爪も半分だった。
近くにいないと落ち着かなくて、不安になった。弟にできた傷は、俺にも痛かった。
だからあのときだけは、もう俺の心なんか燃えてなくなったっていいから、
あいつらを殺そうって思ったんだ。
――――ROCK "THE OSTRICH"
エニグラドール本部襲撃と同時刻、要塞都市マリネリスへの物資護送団が襲撃された。
派遣されていた双子は護送チームを先へ逃がし、ラロックスとカスケードを迎え撃った。
地形的に有利な針葉樹の森へ敵を連れ、戦況は双子が押していたかに見えたが、「本気」のラロックスにたやすく拘束されてしまう。
カスケードに脊椎を折られ、電流を浴びせられながら気を失うことも許されないロックは、弟が拷問される様を見せつけられた。
存在意義である武器――爪を一つずつ折り、腕を覆う鱗を剥がし、腹を割いて心臓を犯される。
そのとき、ロックの中で何かが切れてしまった。
背骨が折れているから何だ。全身の筋肉が焼き切れているから何だ。そんなことはどうでもいい。
この怪物たちを、この手で、この脚で、俺の全身全霊を懸けて、可能な限り無残に残酷に、殺さなければならない。
燃え上がるような怒りに身を任せ、彼は弟を痛めつけたものたちへ牙をむいた。
ラロックスの腕から筋肉を引きちぎり、カスケードの強化外骨格を粉砕する。
ロックの変貌に重傷を負った敵は、どうにか彼を取り押さえ、自らの脈拍と同調させることで暴走を鎮めた。
異変に気づいたナナシとシアンが捜索に向かうと、応急処置を施された瀕死の双子が、荒野の廃モーテルにうち捨てられていた。
HIS HATRED IN PRAYER
在り方
【7/12/2150】
いつが開戦か、確かな日付を誰ひとり知らなかった。
「眠っている間にやってきて、サンタクロースみたいに戦争を置いていったのさ」
ヘルメットに銃創が開いたままの兵士が言っていた。
――――HAL FOX
半壊した廃工場――エニグラドール本部の片付けや補修をしながら、フォックスはようやく語り始めた。
戦争がどこからきて、人々から何を奪い、どうやって終わったのか。
終戦のため動員された多国籍極秘部隊に所属していたフォックスは、
大戦が終わった平和な世界と引き換えに、敵国からの報復として唯一の家族である妹を殺害された。
妹の死の原因は、当時同じ部隊に所属していたラクーンドッグの裏切りによるもの。
ラクーンドッグは敵国・東亜連合のスパイとして部隊に潜入していたのだという。
以来、フォックスの生きる理由は変わった。愛する妹のためでなく、ラクーンドッグに苦痛を教えてやるため。
人間のように苦痛を忘却するのではなく、苦痛を抱き続ける生物を造るため。
エニグラドールは答えを求め、暴走という危険をはらんだ潜在能力を考えた。
自らの人工知能に潜む、「コールドハート」というモジュールについて考えた。
何をトリガーとして発症するのか。なぜ性能上昇に繋がるのか。インフレイムは能力を狙っているのか。
そして――ひとりの悲しみから生まれたこの能力は、忌むべきものか。
暴走して、知らない自分が出てきたらどうするか。タタラは問う。
それも全部含めて、みんな愛せたらいい。ギガは祈るように答えた。
マクロの神層
神様なんてモンがいるなら、とうに戦前みたいな世界が戻ってきていて、
よう分からんでっかい敵と戦う必要もなくて、みんな呑気に暮らしてるはずや。
心配なんか、せいぜい明日の天気とか晩ご飯思いつかへんとか、しょうもないことだけで。
違うって言うなら、あのときウチらが見たものが本物やて言うなら、これが……望んだ世界?
――――CYAN "THE SPIDER"
自治体警察の要請で、エニグラドールはとある事件の調査を請け負った。
連続自殺事件。自殺の方法は様々だったが、どの現場にも同じ痕跡や特徴が残されていた。
ひとつ。遺体の付近に、青い文字で旧約聖書の一節が残されていること。
ふたつ。自殺者は自身の死ぬ様を録画しており、何者かの手によってディープウェブへ動画が公開されていること。
みっつ。自殺動画のすべてに、パピリオ・ユリシス――「幸運を呼ぶ蝶」のカットが映り込むこと。
腐れ縁のPMC、アルファ・リソース・サービスの力を借り、エニグラドールはスラムの調査を始めた。
廃ショッピングモールの駐車場から遺物崇拝教の地下礼拝堂まで、あらゆる場所で無数に発見される自殺者。
シアンは現場の配置が蜘蛛の巣に似ており、中央から離れるほど聖書の一節が不正確になっていることに気付く。
巣の中央に位置するユダヤ教会提携の廃養護施設では、宣教師と名乗る男の隠し部屋があった。
男の行方を追い、フォックスやナナシがチャイナタウンへ潜入するも、男はすでに他の自殺者と同じ様式をとって死んでいた。
自殺衝動を呼び起こす蝶。黒幕のいない集団意識。伝染する自殺の様式。
名もない死者たちによって絡み合い、偶然が連鎖し、無縁の個体が無縁のまま集団となり信仰するミーム。
それはやがて、事件を俯瞰するエニグラドールの前に、「神」の姿を象って現れる。
I WAS BORN TO RUN
西部管轄逃走中
髪のすぐそばで風が追い抜かれていく。音が背中の方へながれていく。
止まる方法なんてずっと昔にわすれた。
おれたちは走るために生まれてきた。
――――JACK "THE SWIFT"
めずらしく快晴の午後、談話室でうたた寝をしていたギガは、ご機嫌なフォックスに叩き起こされた。
覗き込んだテレビの画面には、「未確認飛行物体」として報道陣のヘリに追われる双子の姿。
傷のリハビリにと送り出したが最後、彼らはスラム西部へと遊びに出かけてしまったのだ。
西部は特出した危険区域ではないものの、私営のラジオやテレビ局が飛び抜けて多く、
正体を伏せて戦うエニグラドールにとっては、パパラッチだらけの鬼門エリアである。
双子の逃走をサポートするべく、メンバー総出で報道陣の妨害をすることに。
袋小路にカーボンネットを貼って罠を仕掛けるシアン、光学迷彩で双子に化けるホノメ、
報道陣の足音を先読みし、絶対に捕まらない鬼ごっこで時間を稼ぐミケ……。
双子はお祭り騒ぎのストリートで、メトロの駅で人混みをかき分け、縦横無尽に逃げ回る。
そこへ幸か不幸か――西部スラムに15メートル級のインフレイムが現れた。
持ち前の報道根性で、インフレイムとの激戦地に乗り込んだリポーターとカメラマンだったが、
目の前で危険に晒される子供を発見し、双子の追跡よりも救出を優先する。
双子はリポーターの前に現れて彼女と肩を組み、カメラにウインクを披露した――顔は半分隠してのサービスだ。
唖然とするリポーターを背に、双子はインフレイムの襲撃騒ぎに乗じてスラムを駆けていった。